全日本ラリー開幕 第一戦 RALLY三河湾 2026
- iidaseiji
- 3月7日
- 読了時間: 3分
~Resorteどたばたラリーの事の顛末~

さてどこから話したものでしょう。
2025年春ごろだったか、社長が全日本ラリー行くぞと言ったことが事の始まりだったのは覚えています。 当初からドライバーは変わらず、われらが駆。
コ・ドラは清水先生だったりこーへいになったり。まだ本決まりではない状況でした。
そこから少し期間があいて西フェス前のダートラの練習会に駆と会長で行っていたとき、OKD氏が一人の女の子、さえちゃんを連れてきました。
仕事の関係で連れてきたようでしたが、最初OKD氏の嫁さんかと思って挨拶したら、ぜんっぜん違う人であっれ??てなりました。
彼女は整備士に憧れていると言っていました。それがなぜダートラの練習会に??って思わず首をかしげる様な内容なだけに、変わってるなと思ってました。
で会長ともレアなケースですねと話してました。
そこから後日、OKD氏がレソルテに連れてきて、コ・ドラがさえちゃん決まりました。
ものすごいタイムリーでコ・ドラが一瞬で決まったのには驚きました。
この出来事は幸か不幸かと言えば、
駆やOKD氏の話を聞いていると、さえちゃんにとって『幸』であるようです。
この時点で11月くらい。ラリー車はない状態、社長はベース車を探していましたが手頃な車が見つからず。
最終的に12月中旬にベース車を段取りしてラリー車の製作開始となりました。
社長と駆は仕事量に忙殺されて思うようには作業が進まず。
チーム員は各々の休みの日に手伝いに行くといった感じに作業をしていました。
ラリーの前の週にようやくラリー車で練習しに行くことが出来て、前日の26日に車が仕上がりました。
今回のラリー、最大の目標は完走することでした。
DAY1は無事終えることが出来ました。 DAY2はそうは行きませんでした。
SS14でスタート後に車両トラブルのためリタイヤとなりました。
ラリーを振り返って、これはサービス側の落ち度であると自分は思っています。
次はこうならないようにきっちり見落とさず、整備していきます。
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ここでレソルテのラリー経歴を紹介
1998~2006年の8年間、WRCオーストラリアにスポット参戦。
2002年はクラス優勝。
同年の2002年アジアパシフィックラリー選手権、ラリー北海道においてもクラス優勝を果たす。
2006年WRCラリージャパン、スポット参戦。
2010年WRCラリージャパン、スポット参戦。
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今回はドライバーもコ・ドラもサービス(チーム)もほぼ未経験で始まったラリー。 怒られても、まぁ多少?言い合いしても教えてくれる人がいるってのは本当にありがたい事です。 自分もそうですが、それぞれに反省点も悔しさもあるかとは思いますので、一つずつ着実に乗り越えていくつもりです。
ただ場数をこなして、慣れていかないと仕方ない部分もあるように思います。

さて昨年から新しくチームに加わったさえちゃんですが、
今3級整備士の資格を取得するために頑張っていて、さらにそこから2級整備士も目指すようです。
普段の仕事にコ・ドラの役目もあり大変忙しいと思いますが、よろしくお願いします。
駆はやる以上は勝ちたいと言っていました。 それを実現できるように精一杯努力して掴みにいきたいと思いますので、皆様どうぞ応援のほどよろしくお願いします。
スポンサーについていただいた企業様、誠にありがとうございます。


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